アーカイブコレクション:
最後のリリース:
限定100着


限定生産100着
27年間のご愛顧ありがとうございました。 この度のアーカイブコレクションはエディー・バウアー・ジャパンを締めくくる最後のアイテムです。日本国内に限られた販売ですから、世界に100着しかありません。このダウンジャケットは、ダウンジャケットの生みの親 エディー・バウアー自身が現役の時代に発売され、エディー・バウアーの礎となったスタイルです。60年以上もたった今でも、あなたの心を震わせるアイテムの一つに違いありません。

ビンテージスカイライナー ダウンジャケット
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    テーラード襟
  • 商品詳細
    エディーズダイヤモンド
  • 商品詳細
    リブ袖口
  • 商品詳細
    ヒストリーラベル

ビンテージスカイライナー®
テーラードカラーダウンジャケット

S / M / L

商品番号:401198

44,000円 (40,000+税)

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Spec

歴史的に数あるスカイライナーの中で、最初に「スカイライナー」とネーミングされた「テーラードカラーモデル」。(発明された当初は「ブリザードプループダウンジャケット」と呼ばれていました。)1950年代後半から60年代をベースに「テーラードカラー」と呼ばれる古着市場でも数少ない「マニア垂涎のスカイライナー」です。
1944年、1961年のカタログ 「SKYLINER」の名前の由来は、はっきりしていませんが、「空(SKY)に線を引く人(LINER)」=空に飛行機雲を描くパイロットとも言われ、パイロット達にとても愛されていました。吹きさらしで、極寒の空を飛ぶアラスカンパイロットにとって、どれだけエディーのダウンはありがたかったことでしょう。

表側の素材は、1940年代から60年代の初期のスカイライナーにみられるプレーンウィーブのコットンナイロン素材です。
※当時とは、素材手配や製法が異なっており、オリジナルと異なる点がございます。雰囲気を損なわない程度の変更ですので、ご理解下さい。


Bauer Down Woven Name
ネームラベル このスカイライナーでは、コレクターの中で「日の出タグ」とも呼ばれる「BAUER DOWN Blizzard Proof」ネームラベルです。1940年代から70年代の古いモデルに付いていたものを再現いたしました。

この“Blizzard Proof label”は、氷山の海から太陽が昇っている図柄で、 南極や北極の極寒な環境下でも太陽のような暖かさを保てるウェアーであることを意味しています。エディー自ら考案の名句(コピー)「BAUER DOWN BLIZZARD PROOF LIGHTEST, WARMEST THING ON EARTH」「地球上で軽くて、暖かい のはダウン」が織り込まれています。


History Label
ヒストリーラベル 右内側には、「1959年 カタログ」の誌面をベースにしたヒストリーラベル。
当初リブ襟のタイプは「ブリザードプルーフ オリジナル ジャケット」の名称でしたが、この1959年のカタログではリブ襟もスカイライナーの名称に統一して掲載されていました。



700 fill power Goose Down
ダウンボール 解体したスカイライナーからは、きれいで、ふっくらとした大きなダウンボールが出てきました。

当時のダウンの正確なフィルパワーを特定することができませんが、この度のスカイライナーは嵩高性の高い、700フィルパワーのプレミアム・グースダウンを使用することと致しました。もちろん、究極の暖かさは保証済みです。




Talon Zipper
ジッパー 当時の雰囲気を損なわないよう に、1950年~70年代、エディー・バウアーで主に使用されていた「Talon(R) 」社製のジッパーを採用しています。
※Talon (R) Zippers is the Trade Mark of TALON INTERNATIONAL INC”タロンジッパーズは、タロン インターナショナル インコーポレイテッドの登録商標です。


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OUR HISTORY

The Dawn of the Down Revolution

エディー・バウアーと言えば「ダウンジャケット」と呼ばれるように、エディー・バウアーの偉大な発明の一つは「ダウンジャケット」です。

エディーは、日露戦争でコサック騎兵として活躍した叔父から、シベリアの厳寒地のコサックたちは防寒の為、服に羽毛を詰め込んでいた話しを聞いていて、
ダウンの高い防寒性があることを知っていました。

1935年の真冬の日、エディーは、シアトル西北に位置するオリンピック・ペニンシュラ(現在のオリンピック国立公園)へ友人と釣りに出かけました。
スチールヘッド(大ニジマス)を釣ってかえる途中、エディーは凍えるような「みぞれ」に遭ってしまいました。ずぶ濡れになった全身は、
たちまち氷で覆われてしまい、その寒さと疲労で眠気が襲ってきて、身動きできなくなってしまいました。

彼は低体温症にかかってしまったのでした。

エディーは最後の力を振り絞って、先に行った釣り仲間に知らせる為、空に向けて銃を三発撃った後、
もうろうとした意識で木にもたれかかり、生死の堺をさまよいました。

凍死寸前で仲間に助けられた エディーは、その過酷な経験から「ダウンジャケット」の開発を決意したのです。


Diamond Quilt

当時のアウトドア防寒着は、ウールパンツ、ウール下着やマッキーノコートで、濡れると重くて厄介なものでした。

エディーは、ダウンには三つの大きなメリットがある事を知っていました。
1つはダウンは適量な空気を含んで体温を保つこと。2つ目は外の寒気や湿気をシャットアウトすること。
そして3つ目は、そのダウンの「呼吸」によって内部の湿気を放出することでした。

このダウンの特長によって、濡れると重くなり、着心地が悪くなっていたこれまでのウエアーを改善することが出来ると確信を持っていました。
ただ問題はいかに服の中に入れたダウンを偏らせないか、でした。

そこでエディーはダウンに「ダイヤモンド型のキルト」を施すことを思い立ち、それが歴史的発明となりました。
当時、アウターの表にキルティングを施すなど誰も考えていませんでした。
1936年、エディーは、試行錯誤を繰り返した後、初めてのキルティングが施されたダウンジャケットを完成させました。

「ブリザードプルーフ ジャケット/ Blizzard~Proof Jacket」と名付けられたそのジャケットは、改良を重ね
「Skyliner」として受け継がれベストセラーとなり、 防寒着の中でのダイヤモンドとなりました。

The First Patented Down Jacket in The U.S., Skylier

1939年12月26日,40歳のエディーはユナイテッドパテントオフィス(米国特許庁)に、キルトジャケットのデザインの特許申請をしました。

今までにないキルトジャケットのデザインの特異性が認められ、発案から5年、ダウンジャケットの製品化から4年目の1940年2月20日、
エディーのキルトダウンジャケットにアメリカ史上初となるDesign Patent:デザイン特許(意匠特許)が与えられました。

キルトダウンジャケットは今ではアウトドア防寒具の代表アイテムとして冬のスポーツシーンはもとより、
タウンウエアとしても欠かせない存在となりました。

ダウンジャケットが完成したお陰で、真冬のフィッシングやスポーツを楽しむことができ、その恩恵は計り知れません。
凍死寸前になり、もう冬の釣りはいやだと諦めていたらこの偉大な発明は無かったのです。